休止中の上野懸垂線の現在

休止中の上野懸垂線の現在

2026-02-26 0 投稿者: mjws編集

今回訪れたのは、東京・上野動物園。ここには2019年まで、日本最古の営業用懸垂式モノレールが運行されていました。通称「上野動物園モノレール」、正式名称は東京都交通局上野懸垂線です。

上野懸垂線は2010年代に老朽化問題が顕在化し、2019年10月31日をもって営業を休止しました。現在は東園と西園の間を無料の電気バスが結んでいます。

今回は休止中の路線が現在どのような状態にあるのかを確認するため、上野動物園南側の弁天門から入園しました。不忍池沿いを進むと、ほどなくしてモノレールの軌道跡が視界に入ってきます。しかしそこには前回訪問時と大きく異なる光景が広がっていました。

解体真っ最中の上野懸垂線軌道跡 写真:田村拓丸(MJWS)

日本最初の鉄道法モノレールとしての歴史

上野動物園モノレールは、東園と西園の間約0.3kmを結ぶ懸垂式モノレールとして1957年に開業しました。東京都が路面電車に代わる都市交通の新方式を模索する中で構想された実験路線であり、鉄道法に基づくモノレールとしては日本初の開業例です。

休止までの約60年間、営業路線としては日本最古のモノレールであり続けました。車両は更新されてきたものの、路線そのものは開業当時の構造を伝える存在であり、日本の都市交通史における貴重な実物資料でもありました。

支柱部分が撤去(切断)された上野懸垂線の支柱跡 写真:田村拓丸(MJWS)
東園近くの支柱跡(上部支柱部は既に切断されていた) 写真:田村拓丸(MJWS)
旧西園駅の位置は高い壁に囲われしっかりと中を見ることはできないが、既に軌道は解体されていた。 写真:田村拓丸(MJWS)

保存車両と最後の40形

上野懸垂線ではH形、M形、30形、40形と計4世代の車両が使用されました。初代営業車であるH形は1957年に日本車輌で製造され、1966年まで使用された後、現在も同社豊川製作所に保存されています。アルミ合金製の軽快な車体は、当時の「未来の交通」を象徴するデザインでした。

日本車輛に保存されていたH形車両、現在は撤去されている。 写真:田村拓丸(MJWS)
30形車両 写真:田村拓丸(MJWS)

休止時に使用されていた最後の車両は40形です。老朽化した30形の置き換えとして2001年に日本車輌製造で製造され、同年5月から営業運転を開始しました。日本宝くじ協会の助成により導入されたことから「宝くじ号」の愛称でも知られています。しばらく西園駅構内に留置されていましたが、残念ながら撤去されています。

40形車両 写真:田村拓丸(MJWS)

廃止検討の歴史と今後の構想

上野懸垂線の廃止検討は今回が初めてではありません。1980年代にも東京都の財政難と施設老朽化を背景に廃止が議論されましたが、存続を望む声が強く、更新の上で運行が継続されました。

しかし近年は設備更新費用や運営負担の問題がより深刻化し、東京都は現行路線を廃止し新たな交通システムへ転換する方針を示していました。2020年には西園側に「パンダのもり」が整備され、動物飼育環境への配慮からルート変更も検討。現在は、従来の懸垂式からジェットコースター型の新たな乗り物へ更新される事が決定しています。

しばらく西園駅構内に留置されていた40型車両 写真:田村拓丸(MJWS)

都市交通の実験線として誕生し、60年以上にわたり動物園内輸送を担い続けたこの路線は、日本のモノレール史のみならず都市交通史全体においても特異な位置を占めています。


取材 田村拓丸(モノレールジャパン編集室)
田村拓丸 モノレール研究者・MJWS(Monorail Japan Website)代表。単軌条交通を中心とした都市交通システムの調査研究と専門情報発信を行う。自治体・関連団体との連携による講演、技術資料提供、記事・写真・映像制作に従事。東京都交通局上野懸垂線の記録・調査にも関与。直近のBSフジ「鉄道伝説」上野懸垂線回では画像・映像資料を提供。