東京モノレール旧ルート トンネル遺構-廃線跡散策

東京モノレール旧ルート トンネル遺構-廃線跡散策

2020-05-12 オフ 投稿者: mjws編集

こんにちは!MJWS編集室です。 今回のテーマは、東京モノレールの旧線。

かつて整備場駅以降に存在した旧モノレールルートの遺構(廃線跡)を調査するというものです。現在使用されているトンネル、実は東京モノレール開業当初に作られたものではありません。元々のトンネルが一体どこにあったのか。その遺構は現在どうなっているのか…資料室に保管する図面を元に旧ルート位置を特定し現場を歩いてみました。今後の散策の参考にいかがでしょうか。

東京モノレール 旧ルートトンネル遺構散策

こちらが現在の東京モノレールのトンネル進入区間。写真撮影スポットのうちの一つとしても有名です。

現在の東京モノレールのトンネル進入区間 (c)mjws.org
現在の東京モノレールのトンネル進入部 (c)Google Earth

実はこのトンネル、東京モノレール開業当初に作られたものではありません。
元々のトンネルが一体どこにあったのか。その遺構は現在どうなっているのか…資料室に保管する図面を元に現場を歩いてみました。

散策の出発点は新ルートと旧ルートの分岐点となった、整備場駅…ではなく、新ルート次駅の天空橋駅から。

天空橋駅 (c)mjws.org

なぜかと言うと、旧ルートが廃止された1993年より随分と時が経ち、いつしか天空橋駅の位置に旧羽田駅があった という認識を持たれている方がいるから。
実際はこの天空橋駅は新ルート敷設時に作られたもので、それまでの羽田駅の位置とは異なるものです。

旧線のルートはこの画像直下に存在 (c)mjws.org

ちなみに、旧線のルートはこの画像直下に存在し、旧羽田駅に向かう線形となっていました。天空橋駅より整備場駅、旧ルート名では羽田整備場駅 へ向かって歩きます。今回は図面を元に旧ルートの遺構を散策していきますので、ここで旧ルートと新ルートの配線を確認しておきましょう。

旧ルートと新ルートの配線 (c)Google Earth

青い線で示すのが、現在の東京モノレールのルート、整備場駅を出て羽田空港駅方向に向かって下っていくトンネル進入部です。青い実線が軌道桁。黄色い線がトンネル区間を示しています。また点線で示す部分は地下区間となっている事を意味します。トンネル区間の進入部は、グラウンドレベル付近では擁壁で囲われる事が通例ですが、この部分についても黄色い線で表記されています。

現在の新ルートのトンネル進入部付近まで、ぴったりと寄り添うように旧ルートが存在していた事がわかります。新ルートおよび旧ルート当時の写真と見比べても、近接した位置だった事が分かります。合わせてこちらには、参考として、新ルートおよび旧ルートの分岐器付近からトンネル進入区間までの全体図を示しました。

旧ルートの分岐器付近からトンネル進入区間までの全体図 (c)Google Earth

この図面を元に、旧ルートの遺構を散策します。

ここで動画はいったん整備場駅に戻り、旧ルートのトンネル付近を目指します。
なお、この整備場駅の真下には旧敷地入口の案内所が廃墟として残されており、動画撮影時も廃墟マニアの方が撮影に訪れいていました。

旧敷地入口の案内所 (c)mjws.org

なんとも風情のあるたたずまいです。さて、整備場駅を出てすぐに、旧ルート一つ目の遺構を見ることができます。それがこの建物、空港施設第二総合ビルの なんと”壁”です。この壁面に凹みが2か所あるのですが、この凹み、実は旧ルートの軌道を支えていた支柱跡なんです。現在では支柱が撤去されており、この凹みだけが残された格好となりました。

旧ルート軌道を支えていた支柱跡 (c)mjws.org

さて、遺構はまだ続きます。次の遺構も旧ルートの支柱跡です。一つ目がこの中央分離帯、もう一つが東京モノレール変電所の敷地部分です。

この中央分離帯と東京モノレール変電所の敷地部分に、かつて旧ルートの支柱が存在した。(c)mjws.org

こちらの遺構は見た目に明確な確認が難しく、難易度の高い対象物となっています。ここから先は、旧ルートは複線から単線として地下区間および羽田空港駅に突入していました。残りの以降については、以下動画中で紹介させていただきます。

旧ルートのトンネル刺入部跡 (c)mjws.org

なお、旧ルートのトンネルの入り口は上の画像の位置となりますが、主要部分は今も地下に眠っているそうです。

mjws Youtube channel “東京モノレール旧ルート トンネル遺構散策”