
【現地訪問レポート】地下に眠る“幻の都市交通”――マレーシア・プトラジャヤの未成モノレールを追う
2025-05-05こんにちは。今回ご紹介するのは、マレーシアの行政都市「プトラジャヤ」に残された、世界最大級の未成モノレール計画――その遺構を現地で訪ねたレポートです。

近年、鉄道ファンやインフラ愛好家の間で注目が高まりつつある「未成線」や「建設途中で止まった巨大構造物」。その中でも、このプトラジャヤのモノレールは規模・構想ともに群を抜いており、“都市に隠された夢の痕跡”ともいえる存在です。

■ プトラジャヤ ― 未来志向で造られたマレーシアの新都市
プトラジャヤは、1990年代後半にマレーシア政府が国家プロジェクトとして本格的に開発を始めた、比較的新しい都市です。首都クアラルンプールの都市過密問題を緩和し、政府機関を集約するために計画され、現在では連邦直轄領として国家の行政中枢を担っています。
街全体がマスタープランに基づいて設計されており、モスクや行政庁舎、人工湖、公園、そして広々とした道路が調和した、美しい都市景観が魅力。近未来的とも言える街並みの中を歩いていると、まるでSF映画の世界に迷い込んだような感覚さえあります。

■ 壮大なモノレール計画の概要と“幻”となった経緯
この先進都市の公共交通網を支える構想として、当初からモノレールによる都市内移動の整備が想定されていました。
- 1号線(延長12km/17駅):市内を円弧状に巡りながら、主要行政施設や交通結節点をつなぐ。
- 2号線(延長6km/6駅):都市の南北を縦断し、1号線と連携する。

両路線合わせて総延長18km・全23駅という大規模ネットワークで、都市の骨格を形づくる“都市型モノレール網”となる予定でした。
実際に1号線の一部では建設が進み、橋梁や駅構造物、トンネルなどが完成。しかし2004年、財政的理由でマレーシア政府が資金提供を停止したことで、プロジェクトは凍結され、未完のまま現在に至っています。


■ 現地で出会った“未成線”のリアル
◇ プトラジャヤ・セントラル駅 ― モノレールのために設計された未来型駅
現在もKLIAエクスプレスやバスの発着地として使われている「プトラジャヤ・セントラル駅」は、モノレールが都市の交通中枢になることを想定して設計された駅です。

驚くのは、駅の3階に未使用のモノレールホームがそのまま残っていること。高架橋に接続するホームの構造は明らかに鉄道用で、完成度の高い設備を見ると、いかに本気でプロジェクトが進められていたかが伝わってきます。
ただし、現在ではそのホームに人が立ち入ることはなく、どこか時間が止まったような雰囲気が漂っていました。

◇ サスペンションブリッジ ― 使われなかった“美しすぎる”橋
駅からモノレール高架が進んでいた先にあるのが、「プトラジャヤ・サスペンションブリッジ」。全長約240m、幅10mのモノレール専用吊り橋として設計されたもので、2003年に完成。
構造は橋として完成しており、ケーブルの張り方や支塔のデザインも非常に優美。筆者は橋の袂まで実際に訪れましたが、誰一人通らない橋が湖の上に静かに佇む姿には、圧倒される美しさと切なさを感じました。
この橋は、都市のランドマークとして現在も景観に組み込まれていますが、本来の“交通インフラ”としての役割を果たす日は、いまだ訪れていません。

◇ プトラジャヤ大通り地下の巨大トンネル ― 地中に残された都市の夢
最もスケールの大きい構造物が、都市の大動脈・プトラジャヤ大通り(ペルシアラン・ペルダナ)地下に造られた全長6kmのモノレールトンネルです。
これは都市設計の段階から一体的に計画されたもので、道路とモノレールを上下に重ねる“多層構造の交通設計”が実現しかけていました。地下トンネルは完全に覆われており、普段はその存在すら感じさせません。
2019年には一部関係者に向けたトンネル内の見学会も開催され、健全な状態が維持されている様子が報告されています。筆者も近くまで足を運びましたが、出入口やスロープ構造は今なお存在感を放っており、都市の下に隠されたスケールの大きな夢を実感させられました。

かつてはフォームミュラEの会場にも使用された。
◇ 構造物はまだ生きている ― 4つのトンネル進入部を巡る
プトラジャヤ内には、各路線の進入部=計4カ所のトンネル出入口が残されています。
- 1号線西側進入口(サスペンションブリッジ付近)
- 1号線北側出口(造成途中で停止)
- 2号線南側入口(川底トンネル経由)
- 2号線東側出口(草木に覆われ接近困難)
現地では、いずれも“都市の中にぽっかり空いた穴”として存在しており、一見すると用途不明な構造物。しかしモノレール計画を知った上で見ると、その意味が一変します。




◇ プトラ橋 ― モノレール通過を前提とした三層構造
プトラジャヤ大通りの北端に位置する「プトラ橋」も、実はモノレールを通す構想で設計されていました。
- 上層:自動車道路と歩道
- 中層:モノレール専用通路(未使用)
- 下層:商業施設スペース
この橋を中層でモノレールが走り、政府区画へと進む想定だったのです。都市計画の徹底ぶりと、設計当初からのビジョンの高さに感心させられます。

■ モノレールの“復活”はあるのか?
プトラジャヤ自体は今なお成長中で、新たな住宅地、大学、商業施設も増加傾向にあります。行政だけでなく居住や教育、観光都市としての顔も持ち始めており、公共交通機関へのニーズはかつて以上に高まっていると言えます。
モノレール計画が再び動き出す可能性もゼロではなく、未成線から“復活プロジェクト”へと転じる日が来るかもしれません。
■ 終わりに ― 都市の地下に眠る「もしも」の物語
今回の訪問を通じて感じたのは、都市が持つ“もう一つのレイヤー”の存在です。普段は何もない道路や橋の下に、壮大な構想が眠っている。それを知った上で街を歩くと、景色の見え方がまるで変わってきます。
この“静かに朽ちる未来”にロマンを感じる方は、ぜひ一度プトラジャヤを訪れてみてください。地上の美しさと、地下に残された未完の夢――両方を味わえる貴重な体験となるでしょう。
▼現地探索のヒント
- Google Earthなどを使えば、構造物の位置を事前確認可能。
- トンネル入口付近は立入禁止エリアも多く、見学はマナーを守って。
- 蚊・虫対策は必須!特に森林に近い構造物には注意。
- 詳しい地図や構造物の図面が欲しい方は、都市開発資料にも目を通してみると理解が深まります。
今回の取材の様子は主に動画で紹介しています。

取材・文:モノレールジャパン(MJWS) 田村拓丸
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